大判例

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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和32年(う)29号 判決

記録によれば原審認定の「罪となるべき事実」は「被告人は京福電気鉄道株式会社に勤務し、同社大野線の電車運転業務に従事して居る者であるが、昭和二十九年十月二十一日午後五時二十分頃二輌連結電車を時速約四十七、八粁で運転西進し、勝山市鹿谷町保田地籍、同鉄道発坂駅の西方約二百二十四米附近に差しかかつた際、同電車軌道左側(南側)に並行せる県道(県道は、距離約四百五十米に亘り軌道に併行して走つて居り、その道幅は約二米三十糎である。)中前方約百十六米の地点を同一方向に荷車を押して行く二人の女を認めたのであるが、斯かる場合電車運転の業務に従事する者は、同軌道中県道沿いの部分は県道面と大なる高低なく、而して両路線は直接し、その境界線には両拳大の小石を一列に敷並べある丈けで、垣、柵等の施設なく、県道の幅も狭いのであるから、県道を進行する諸車、通行人がある場合には電車と接触する虞れがあり、殊に電車の〓進によつて生ずる強風に巻き込まれ、或は目まいを起して転倒する等の危険があるのみならず、同荷車の陰に幼児が居るやも測り難いから、その通行人の横等を通過しようとする場合には、早くから此等に対する細心の注意を払い、事故防止のため警笛を鳴らすは勿論、相当手前から充分に徐行して何時でも急停車の措置が出来るように運転進行し、以て危害を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに拘らず、不注意にもこれを怠つて漫然進行し、同荷車を追越す直前まで来たとき、その前方約九十二米の県道上に三人の幼児がいるのを認めたが、なお漫然進行を続け、幼児の手前約十九米四の地点に到つてこれに接触の危険を感じ直ちに急制動の措置を講じたが間に合わず、その中の一人島田久子(四歳)を自己の運転する電車前部左側附近に接触せしめて跳ね飛ばし、因つて同人を同日午後六時四十五分同市勝山病院において、頭蓋、頭蓋底骨折及び右側頭部挫創により死亡するに至らしめたものである。」と言うのである。以上原審の見解を要約すれば、原判決は「いやしくも運転手たる者が、電車を運転して本件事故現場のような個所を進行するに際し、県道上に人又は車の通行しているのを認めた場合には、いかなるはずみに人や車が電車に接触しないとも限らないから、何時でも急停車して危害の発生を防止し得るよう、あらかじめ十分な余裕を持つて徐行すべきであり、被告人は此の注意義務に違反した点に於て、過失の責任を問われるべきである。」と言うに帰着する。

そこで本件現場が、果して原審認定のように、接触の危険のある個所であるか否かを検討するに、司法警察員作成の実況見分調書の記載、原審並に当審各検証調書の記載、被告人に対する司法警察員並に検察官作成各供述調書の記載、当審証人後藤嘉瑞の供述を綜合すれば(一)本件事故発生の現場は福井県勝山市鹿谷町保田地籍内であつて、電車線路及び県道の両側は田又は畠であり、線路は専用軌道であつて、踏切以外の地点で、通常、人が線路内に立入つたりすることのない場所であること、(二)県道と線路との境界には、垣、柵、溝等の設備なく、境界線に沿つて小児頭部大の石が一列に並べられてある丈けであるが、線路の道床には砂利が盛つてあつて、県道路面よりも約三十糎位、道床の方が高くなつていること、(三)この地点を電車が通行する場合、車体は県道の辺縁から約十六・五糎内側の個所を、車体下部の軸箱は同辺縁から約三十八・五糎内側の個所を、それぞれ通過すること、(四)県道の幅員は約二米三十糎あること、(五)京福電気鉄道株式会社の定める現状附近に於ける最高制限速度(本件事故発生当時)は、時速五十粁であつたこと、(六)電車が五十粁内外の速力で通過した後には、外方から線路内に向つて、多少風が流れ込むけれども、人を捲込む程の風圧は起らず、況んや電車の進行中、通過し終らない内に、人を線路内に捲込むような風圧は、通常の場合生じないこと等の諸事実を認め得べく、以上の諸事実を基礎としてさらに考察すれば、本件現場に於て、県道上をトラツク、自動三輪車のような幅員の広いものが通行する場合は論外とし、県道上を人又は荷車(人力を以て曳行するもの)が通行する場合、故ら人の身体又は衣服等の一部、荷車の車体の一部が、少くとも線路敷地内に入らない限り、電車と接触する虞れが、通常の場合、あり得ない状況であることを看取するに足る。そうだとすると、トラツク、自動三輪車など、比較的に幅員が広く、電車と接触する危険性の高いものが県道上を通行する場合、又は県道上を通行する人、荷車などの姿勢、挙動等に依り、特に接触の危険を予測し得るような場合、電車を運転する者は、すべからく急停車その他、危害の発生を防止すべき万全の措置を講ずべきであること、無論であるけれども、さもない限り、単に県道上を人又は荷車が通行していると言う一言のみに因り、一定の時速を遵守し、一定時間に一定の距離を進行することを要求されている専用軌道電車の運転手に対し、何時如何なる事態の発生にも対応し得るよう、万全の措置をとれと命ずるが如きは、明かに行き過ぎであると考えられる。鑑定人畑山鶴吉、同河村泰三の各作成に係る鑑定書の記載によつて認め得る制動距離(時速五十粁の場合は百十数米)を考慮に容れるとき、斯の如きは殆ど不可能を強いるものと言つても敢て過言ではない。原判決は「荷車のかげに子供などが居るかも知れないから、運転手は何時でも急停車し得るよう除行すべきである。」旨判示しているけれども、此の見解に依れば、いやしくも線路の附近に、小児の姿の見透しをさえぎるような物件が存在する限り運転手は常に急停車すべく万全の準備を整えなければならぬこととなり、専用軌道の運転手を対象とする場合、その不合理であることは自ら明かである。

原判決は「被告人及び弁護人の主張について」と題する項に於て「事故当時の明るさにおいて行つた検証の結果等によると、当時S点に到れば前方約二百二十三米の県道上に在つた荷車を見ることが出来、又場内信号機辺に到れば、前方約百三十六米のD点辺にいた本件幼児等の姿態を見ることが出来た(幼児が軌道寄りにいたとすれば、場内信号機辺より更に約三、四十米手前より同姿態を望見し得た)ものと認められる。」(中略)「そこで本件事故当時に於ける被害幼児の動静であるが、当時幼児等は県道中央辺を歩いたり、或は左(田圃)寄りに、右(軌道)寄りにふらふら歩いて来たので、対面者からは幼児が二人に見えたり、三人に見えたりするような状態にあり、終始田圃寄りの安全な場所に避譲していたものでないことが窺知されるのである。」(中略)「されば斯様な危険度の高い場所を運転通過する被告人としては、右等の点に鑑み、S地点の先辺りからは一層前方にある人、車の早期発見並びに発見後の動静に注意すると共に、警笛を十分に吹鳴し、速度を緩め、適時急停車等の臨機の処置をとり、事故の発生を未然に防止し得べき態勢において、万全の注意を払いつつ進行すべきである。」旨判示していることを認め得る。

該判示部分に依れば、原判決は「幼児が県道上に於て、電車と接触する虞れのある挙動を示しているのを、百数十米(急制動に依る事故回避可能距離)手前から望見し得たにも拘らず、被告人は前方を注視することを怠つたため、事故回避不能の近距離(九十余米)に接近する迄これに気付かなかつた。」点に、被告人の過失を認めているかの如くである。(此の見解は「罪となるべき事実」中に於て判示する原審の前記の見解と相違するものであり、従つて原判決の見解は、その前段と後段とに於て、二個に分裂していると言わざるを得ない。)

そこで、果して島田久子等三名の幼児が、当時、原審の認定するような危険な動静を示したか否かを案ずるに、証人島田はつ子、同笠場きくゑに対する原審各証人尋問調書中の供述記載、被告人に対する司法警察員、検察官作成各供述調書の記載、その他原審証拠調の結果を検討すれば、島田久子等三名の幼児は、県道中央部又は田圃寄り(線路に遠い方の辺緑部)を歩行していたものであり、必ずしも一直線に前進していたものでないにもせよ、原判示のように線路寄りの部分を歩行していたものでなかつたこと、島田久子が線路の方に歩み寄つたのは、電車が制動不能の近距離(約十九米四位の距離)迄接近した際であつたことを各認定するに足り、他に右認定を左右するに足る資料がない。そうして見れば叙上の原審認定は証拠に基かない事実認定であつて、到底是認することが出来ないものであると言わなければならぬ。

論者或は次の如く言うかも知れない。「四歳乃至六歳位の幼児が線路から一、二米の近距離にいるのを認めた場合、斯る幼児は衝動的な動作を取り易いものであり、なんどき如何なる場合に、線路内に立入るかも知れないから、たとえ一定の時間表に従い、専用軌道を進行する電車の運転手であつても、いやしくも運転手たる者は、単に警笛を吹鳴して幼児等の注意を促するのみでは事足らず、突発的な事態に応じ、何時でも急停車し得るよう万全の措置をとるべきである。」と。しかしながら、電車線路の沿線に居住する家庭の幼児であつて、四、五歳の年齢に達した者は、その本能的直覚と監督者の訓戒其の他の生活経験により、電車に接触することの危険を覚知し、電車の通過に際しては軌道外に退避するのが寧ろ通例である。電車の運転に任ずる者は、幼児の位置、姿勢、挙動等に基き、特に接触の危険を冒すものと認むべき徴候の覚知するに足るものがない限り、あらゆる可能性に適応すべく、常に急停車の措置を準備する義務を負わしめられるべきでない。被告人は、約九十二米の距離に接近する迄、県道上に幼児が居るのに気付かずまた、幼児が居るのに気が付いてからも、別段急停車の措置をとろうともせず、約十九米四の距離に接近する迄、其の侭進行を続けたことは証拠上明白である、しかしながら当時島田久子等の動静に、接触の危険を冒すような何等の徴候が認められなかつたとすれば、被告人の斯る態度は、本件事故の発生につき、その原因を与えものとして、非難さるべきでない。

以上判示するところにより自ら明かであるように、本件公訴事実はその証明が不十分であり、原判決は事実を誤認し、ひいて法令の適用を誤つたものであつて、その誤りは判決に影響するから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

(裁判長判事 高城運七 判事 成智寿朗 判事 沢田哲夫)

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